「リリィの墓前で必ず、この曲を弾く。

『懐かしい土地の思い出』を。

そして、リリィが君を育てたように私も、もう1度ヴァイオリンを教えていきたい。

音楽に携わっていきたい」



アランから差し出されたヴァイオリンを手にし、詩月はそれを調弦し、静かに構えた。



「周桜!?」


頬に伝う涙もお構い無しに詩月は、音を奏で始める。

詩月の熱を持った指の関節に、軋むような痛みが走る。



弦を押さえる指にうまく力が入らない。


だが、言葉にならない思いを音に託すように、痛みに耐えて優しく、丁寧に曲を奏でる。



ロビーに詩月のヴァイオリンの音色が響いた。



ロビーに居合わせる人の視線が、ヴァイオリンを弾く詩月に向けられている。



その中に詩月をそっと見守り、演奏に耳を澄まし微笑む詩月の母親の姿があった。



ロビーで警備をしている警備員も、その演奏に立ち尽くしている。



詩月の弾く曲、「懐かしい土地の思い出」がロビーいっぱいに響き渡った。



 扉の向こうでコンクールの最終奏者が、まだ曲を弾いている頃だ。



それを忘れさせるほど、詩月のヴァイオリンの音色が、優しく心地好くロビーを包んだ。