溜め息混じり顔をあげヴァイオリンを構えて、詩月は目を見張った。


「あ……」

客席の非常口付近。
詩月の目に背の高い男性の姿が映りこんだ。

堀の深い日本人ばなれした男性が、詩月を射るように見つめている。


――アラン


詩月は確信し、ゆっくりとヴァイオリンを構え、曲を弾き始める。

本選の課題曲は、「チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲、作品35」だ。

曲を弾きながら大学の音楽科で聴いた、アランのヴァイオリン演奏を思い出した。

アランの「懐かしい土地の思い出」の演奏が、まだ熱く耳に残っていてる。



――リリィとアランの思い出の曲、2人の思いが宿る曲だ


詩月は胸にこみ上げる切なさと、2人がずっと自分を見守っていてくれていたことへの感謝の思いを込めて演奏する。


――アランが聴いている

詩月は思い切り、曲を奏でた。