風鈴が物静かに音を響かせる。

「秋に鳴る風鈴なんて、寂しいだけだから外してくださいね」

 詩月は、ある映画の冒頭でヒロインがベランダに吊るされた風鈴を見上げ呟く場面を思い出す。

 山手の小高い丘、閑静な住宅街に私立聖諒学園はある。

アール・デコ様式で統一された外観の学舎の、その正門正面に「カフェ・モルダウ」がある。

学園の音楽科卒業生のマスターが経営する、BGMを一切かけない風変わりな喫茶店だ。

 喫茶店の扉を開けると風鈴が涼やかな音を響かせる。

詩月は映画の冒頭のヒロインの言葉には納得できないな、優しくて柔らかな暖かい音色だろ!? と思う。


 転入して2年目。

聞き慣れた音色は、決して学生たちの奏でるBGMの邪魔をしない。

詩月は「さすがは、元音楽科卒業生のマスターだな」と思いながら、ピアノに目を向ける。

「えっ……」

 白い猫が座っている。

ふわふわした毛並み、大きな目に苦虫を噛み潰したような独特の鼻と口、首にはブランド物と思しきスカーフを巻いている。