「詩月さん、一息ついたら教室へいらっしゃい」




夕方。

詩月が帰宅し自室へ向かおうとしていると、母親が呼び止めた。

彼女はヴァイオリン教室のレッスンを終え、楽譜を戸棚に片付け、ひと息ついたばかりだった。

母親が詩月を教室へ呼ぶことは、滅多にない。



詩月は珍しいなと思いながら「はい」と応える。



――母さんが練習をつけてくれる?なんて……今まで記憶にないけれど



幼い頃からの記憶をたどる。


 幼い頃、詩月は母親の傍らで幾度も繰り返し、ヴァイオリンを弾いた。



母親がそれに対し、何かアドバイスをしたことはない。


ただ、通り一辺の褒め言葉や微笑みだけだった。


詩月は母親から、演奏に対しての感想、指使い、弾き方をヴァイオリン教室の生徒たちのように、批評をしてもらいたいと何度も思った。