詩月が見失った猫を呼び寄せるために、境内で演奏した時、猫を抱きかかえ演奏を聴いていたアランの険しい顔が過った。

ヴァイオリンを弾けなくなったらと思うと、詩月の指が震えた。




詩月は胸にしっかりとヴァイオリンを抱えこんだ。



無茶をし続ければ弾けなくなるかもしれないことが、今ほど恐いと思ったことはない。



練習できないことが、これほど不安だとは思わなかった。



詩月は痛みに耐え、痛み止めの薬を使い演奏し続けた母の意志が、いかほどだったのかを考えさせられた。



 リリィがアランにもう1度ヴァイオリンを弾いてほしいと願っていた思いは、遠く叶わない思いなのではないか?



アランにリリィの思いを伝える演奏が、届くことはないのではないか?



そして、リリィの思いも、怪我で弾けなけなくなり絶望し、音楽から離れたアランの気持ちも、今ならわかる気がした。