満足できる演奏ができない確率の方が高いのに……。



失敗する確率が高いのに、出場する意味があるのか?


棄権した方がいいのではないか……。



詩月は、自分の左手を見つめる。



 詩月は自分だけは大丈夫だ、腱鞘炎などにはならないという根拠のない自信で細心の注意を 怠っていたことを後悔した。



詩月は「ピアノの鍵盤を重く調整している」だの、「胡桃で鍛えている」だのと、郁子に話さなければよかったと思う。



 詩月があれこれ後悔を並べていると、白い猫が途中の停車駅で、学生達に混じり乗って来た。



首にスカーフを巻き、苦虫を噛み潰したような顔の猫だ。

詩月は、「あ……」と声を漏らした。



白い猫は慣れた足取りで電車内を歩き、詩月の足元に座った。



詩月はリリィの邸宅に御悔やみをしに行った日、白い猫の後を追って電車に乗ったことを思い出した。