詩月はセンチメンタルな気持ちになる。



「ねぇ、あれって聖諒の周桜詩月じゃない?」



「まさか?」



「ヴァイオリンを持っているし、あの袖のエンブレムは聖諒音楽科の制服でしょう?」



途中の駅から電車に乗ってきた学生の会話。



 ピアニスト周桜宗月の息子であり、普段街頭演奏をしていることもあり、詩月はけっこう名前と顔を知られている。



詩月本人にその自覚はないが、街頭演奏の追っかけをしている学生も実は多い。



「港みらいホールで開かれるヴァイオリンコンクールに出るんでしょう?」



コンクールの課題曲も自由曲も、詩月は街頭演奏で幾度か弾いている。



 練習時間の半減を強いられ、果たして本番でまともな演奏ができるのか?


あるいは本番で、痛みが起きないか?



詩月は不安でたまらない。