「言いたい奴には言わせておけ。お前が頑張っていることをわかっている奴は大勢いる。その指でしか出せない音があるんだ。大事な指なんだからな。
コンクールは容赦しない。お前の演奏、楽しみにしているからな」



安坂は諭すように優しく言った。



詩月は大学で1年生にして、学内オーケストラのコンサートマスターに抜擢された男の器の大きさを感じた。




 授業終了後。

詩月は郁子から「カフェ・モルダウ」に誘われたが、ヴァイオリンのレッスンがあるからと断り、そんな気分になれないと、1人電車に乗った。



 先日。

鶴岡八幡宮で倒れたことが、ふと頭をよぎったが、猫を追いかけ、初めてアランに会った場所に、もう1度行ってみたいと思った。




あの時の、アランの険しい目が忘れられなかった。