鶴岡八幡宮でチャイコフスキーを弾いた後。

詩月は気がつくと診察室のベッドの上にいた。

腕には点滴、額には氷のう、発作を起こししたのかと気づき、情けないなと思う。

母親が泣きそうな顔、で詩月をなじった。

「大した発作ではなかったから良かったけれど、親切な方が病院に連絡を入れてくださらなかったら、どうなっていたか」

「猫……は?」

うわ言みたいに尋ねた詩月に、母親は首を傾げ険しい顔になった。

「鶴岡八幡宮で倒れたって聞いた時は、生きた心地がしなかったわ。あんな所まで何をしに行ったの?」

詩月は母親の叫ぶ声を聞きながら、猫以外に何かを忘れているような気がしてならなかった。

何だったか? 思い出せないが頭の中「懐かしい土地の思い出」のメロディーが鳴り響く。

「聞いているの?」

上の空だった詩月に、母親が金切り声をあげた。

「ああ……何?」

「電車やバスでの遠出は禁止、いいわね」

詩月は電車に乗り、少し遠出をした、ただそれだけなのにと、悔しさがこみあげたが、何も言えない言い返せないと、俯き深く溜め息をついた。

「――わかった」

詩月は観念して呟いたが、内心そんな禁止事項なんて守るわけないだろうと思い、言葉を飲み込んだ。