詩月はどうしたものか、とんちの「一休和尚」さながら知恵を搾るも、知恵が浮かばない。

「南無三八幡大菩薩!」

詩月の口から思わず声が漏れた。

「白い猫はチャイコフスキーを聴きにくる」

カフェ・モルダウで聞いたことを思い出し、急いでヴァイオリンケースからヴァイオリンを取り出し調弦した。

――人目を気にしている場合ではない。猫を誘き出さなくては……

詩月はチャイコフスキーのヴァイオリン曲を奏でる。

ヴァイオリンの調べが、夕陽に染まる境内に染み渡るように共鳴する。

心地好い響きに通行人が、足を止めて聴き入っている。

詩月の周りに出来た人だかりが、少しずつ拡がっていく。

――リリィ、力を貸して

詩月は祈る思いでヴァイオリンを弾く。

――白い猫、聴いているか!!

詩月はリリィの教え「思いを伝える音を奏でなさい。音楽を愛して弾きなさい」を胸に、精一杯チャイコフスキーを弾いた。

リリィが弾き聴かせてくれた、チャイコフスキーのヴァイオリン曲「懐かしい土地の思い出」を──。

詩月はヴァイオリンを弾きながら、熱い視線を感じた。

射るような鋭く強い視線。恐る恐る視線のする方を振り向く。

堀の深い顔立ちのすらり背の高い60半ばの男性が、じっと見つめている。

詩月はその男性に何故か、懐かしさを感じた。

「宵待草」の調べが思い出される。

男性は腕にあの白い猫を抱いている。

――見つかった……

安堵の溜め息を漏らし演奏を終えた刹那、詩月の意識が途切れていった。