詩月は慣れない電車に揺られた後、人混みを歩いたせいか、少し気分が悪くなり目眩を感じた。

多少呼吸も乱れているが、ヴァイオリンケースを肩に掛け直し、気合いをいれ、白い猫を追う。

鶴岡八幡宮の裏参道から広場を抜け、若宮大路を左に曲がる。

詩月は白い猫になかなか追いつけない。

この先を1キロほど行けば鶴岡八幡宮だ。

白い猫は、どうやら鶴岡八幡宮へ向かっているらしい。

 鶴岡八幡宮──。

縁結びの神社としても知られている。源平の時代には源義経の想い人「静御前」が源頼朝の命に逆らい、源氏の氏神を祭る鶴岡八幡宮にて、頼朝の討つべき敵「源義経」を恋慕う歌「しづやしづ/しづのおだまきくりかえし/むかしをいまに/なすよしもがな」
を詠み、舞ったとされる神社でもある。


 詩月の脳裏にヴァイオリンで奏でられた「宵待草」の音色と、リリィの顔が浮かんだ。

待ち人は訪れたのか? それとも未だ会えぬままなのか? 永遠の眠りについたリリィに聞く術はない。

神社の階段に難儀し、呼吸を整えている隙に、詩月は白い猫の姿を見失ってしまった。

「くそっ」と舌打ちをし階段を何とか上りきり胸に手を当て数分、呼吸を整えた。

 日本3大八幡宮として有名な由緒ある神社は、敷地も広い。

下手に捜し回っても体力と時間を消耗するだけだ。

詩月は此処まできて白い猫追跡を諦めるわけにはいかなかった。