詩月の勝手な思い込み、妄想にすぎないが、何故か彼にはそう思えて仕方なかった。

 自宅でヴァイオリン教室をしている詩月の母親は、午前中の告別式に参列していたし、午後から生徒のレッスンのスケジュールが詰まっていて、詩月はリリィ宅までタクシーを飛ばして御悔やみに来た。

邸宅の坂道を下り、詩月が辿り着いたのは、JR線の駅だった。

案内図版を見上げ、どうするかな? と考えていた詩月の視界、白い猫が横切った。

――猫だ、あの猫だ……

 詩月は急いで券売機に千円札を入れ、とりあえず鎌倉駅のボタンを押して切符を買い、白い猫が改札をすり抜けていくのを確認し、猫を追った。

白い猫は、優雅な気品を漂わせて駅の中を進んでいく。

見失ってはならない、見失うわけにはいかない。

詩月は思いながら、白い猫を尾行する。

わくわくとドキドキと緊張と不安で、詩月の胸の鼓動が高鳴る。詩月は、「大丈夫だ……」胸に手を当て、自分に言い聞かせる。

 白い猫を見逃さないように追いかけ、猫がホームに入ってきた電車に乗ったのを確認し、詩月は電車に乗り込んだ。息がかなりあがっている。

白い猫はちゃっかり入り口の傍の座席に座っている。

詩月は白い猫がチラリと目線を上げたのを「見失わずに着いてきなさい」とでも言われたように感じた。