金木犀のアリア

「何でもない顔か?」


詩月の額に汗が滲んでいる。



「他言するなよ」



「周桜?……おまえ、腱鞘炎か?」




「……違う。お前の方が顔色悪い……大丈夫だ」



詩月はすくっと立ち上がり、微笑んでみせた。




 「モルダウ」の扉をあけると、レジの近くの席を片付けていたウェイトレスが詩月に気付き、声をかけた。




「猫ちゃん、お待ちかねですよ」



ウェイトレスは、ふふっと微笑み店の中央に澱と、置かれたピアノに目を向ける。




「ありがとう」



詩月は応えて、カウンター席に座った。



 学生鞄とヴァイオリンケースを下ろし、椅子の上に置くと、「紅茶でいいかね?」マスターが尋ねる。