けれども何も、始まらない


「――そろそろ帰らなきゃならないよな」


理一さんが、取り出した携帯電話を見ながらそう言った。


「何時ですか?」


「18時(ろくじ)48分」


「そうですか」


怒られることはないだろうが、あまり遅く帰るにはいかない。


俺の帰る意思を見ただろう理一さんが立ち上がり、俺もそれに続いた。


「綾人にはこのこと――言わないな、言える訳ないな」


「はい、判ってます」


綾人とは友人のままでいたいし、嫌われたくもない。そう言えば、綾人は理一さんの能力を理解しているのだろうか。


「知っている――判ってはいるんだけど、受け入れてない。人の思考が判る気色悪い兄だと思ってる」


「……そうですか」


仕方がないのだろう。俺が口出しする訳にもいかないし、綾人が理一さんを嫌う理由は理解出来る。



「それじゃあな、阿部(あべ)君。見掛けた時に話し掛けても良さそうだったら、また声掛けるから」


「はい、ありがとうございました。理一さん」