暗殺者と不良


――――――某年某月某日、深夜

「……ぐっ……」
「ああ、ごめんね、椿。これも君を立派な後継者にするためなんだ」
「だい、じょうぶです……っあ゙!」

ぐちゅり、そんな音が私の右腕から聞こえた。
ちらりとお兄様を見れば、眉を下げて悲しそうな顔をしているのに、目だけは爛々と輝いていた。

「椿、声を出してたらいつまでたっても終わらないよ?」
「っ、」
「ほら、左も」

びちゃり、次は左腕から聞こえる。
もう私の両腕は滅茶苦茶だろう。

「……っ!」
「ほら、終わったよ。お疲れ様」

「じゃあ、次は毒の耐性をつけようか」



「っ、!…………夢か」

心臓は痛いくらいに鳴って、呼吸は乱れている。

今日見た夢は、私が六歳の頃に兄から受けていた暗殺者としての訓練をしている時の夢。
あの頃は兄の声が聞こえただけで身体が勝手に震えるほど、兄からの訓練はトラウマになっていた。


ベッドから起き上がり、軽く伸びをする。
ちらりと目の端で時計を見て、驚愕した。

(もう七時過ぎてるじゃない……!)

私は寝間着を急いで脱ぐと、今日から通う学校の制服に着替えた。

歯を磨きながら鞄に荷物を詰める。
そして髪を整えると、慌ただしく家を出た。

(ホームルームの時に入ればいいから……8時半に着けば間に合うわね)

そんなことを思いながら携帯で時間を確認する。

(今の時間は八時だから、走れば余裕で着くわね)

学校までの距離は、凡そ十五キロメートル。
普通の人じゃ走っただけで三十分じゃ着かないが、生憎私は普通じゃない。
物心つく前から訓練されてるし、これくらいは余裕だ。

(見えてきたわ。あの大きい建物が鷹宮大付属高校ね)

鷹宮大付属高校は、中、高、大のエスカレーター式の学校。
私が今日転入するのは、その中の高等部だ。
クラスはA組~E組まであり、上から成績が良い人順で別れている。
私は通常よりもかなり手加減してテスト(勉強、スポーツに始まり、歌や楽器、絵画などまである多種目なテスト)を受けたが、それでもA組に入ることができた。
案外レベルは高くないのかもしれない。
(椿の元々のスペックが高すぎるため、手加減してもなお、高い評価がついただけ。
A組に入れることができるは、勉学、スポーツ、実技教科、音楽、美術、などの教科の中で、どれか一つでも学年で三位以上の人のみ)

校舎の前に来てみると、チラホラと生徒が見えた。

髪を染めて制服を着崩した生徒から、真っ黒の髪にきっちりと規則通りの制服を着て、参考書を見ている生徒まで様々だ。

現在の時間は八時五分。
本気では走ってないものの、五分でついたのは普通から見て有り得ないのであろう。

さて、ひとつ困ったことがある。

まあ、当たり前なのだが職員室の場所がわからないのだ。

ここに転入することを伝えた時は、五月十日の八時半までに職員室に来てくださいね、としか言われてないのである。

(最近依頼が殺到していたからと言って、下調べをサボるんじゃなかったわね……ちゃんと調べとけばよかったわ)

人に聞いてみようと思い、周りを見た。

……目が合った。よし、あの人にしよう。

その人は蛍光色の黄色の髪に―――この例えは失礼だと思うが―――死んだ魚の目のように濁った黒目をした、男の人。

私が近づと、驚いたように目を丸くして、自身を人差し指で指し、まるで、自分が!?とでも言いたげな表情をした。

「あの、」
「っ、はい、なんでしょう……?」
「職員室ってどこにあるんですか?」
「北校舎の……えっと、あれです……それに入って、真ん前にある階段を登って、三階まで行きますね。
そして、右に曲がって真っ直ぐ行き、左に曲がったら、掲示板があります。それの先にあるのが職員室です」
「わあ、詳しくありがとうございます」

私はぺこりと頭を下げた。

「……や、そんな……あ、あなたって転入生ですよね?」
「はい、そうですよ」
「お名前を伺ってもいいですか?」
「はい。花鳥院椿です」
(マナーとしては、貴方から名乗るのが正しいのだけれど)
「そ、そうですか。俺は山城斗麻っていいます」
「山城さんですね。私は一年に転入するんですけど、山城さんは何年生なんですか?」

私がそう聞くと、山城さんは目を見開き、とても驚いていた。

「お、俺も一年なんだ……花鳥院さんって、大人っぽいから、先輩だと思ってたよ」
「ふふ、そうですか?」
「あ、同学年だし、タメでいいよ?」
「じゃあ、山城くん。教えてくれてありがとう。
同じクラスだといいわね」
「う、うん!」
「ふふ、またね」
「うん、またね、花鳥院さん」