指が勝手に動きだす。
何百回、何千回とくり返し練習した運指は、脳というよりももう指先が覚えている。
弾き語りというやつ、俺は歌うのがそんなに好きじゃないし普段はしないけど、無意識のうちに口ずさんでいた。
英語はよくわからない。
ただこれは、ラブソングのような、失恋ソングらしい。
べつにひとりは嫌いじゃないんだ。楽だし。
騒がしい教室にいるよりよっぽど、このだだっ広いリビングのほうが過ごしやすいとさえ思っている。
それでもたまに、こういう瞬間に、ふと思い出す。
あのころ、キッチンに母さんがいて、ここに父さんが座っていて、その隣には俺がいて。
父さんは難しい名前の病気で死んだ。
それが判明してから、あっというまの出来事だった。
もう遠い昔のことだ。
なぜか、ひどくぼやけている記憶だ。



