「バンド以上に大切にしたいもんがあるなら、それは仕方ない」
こうちゃんはひとりごとみたいに、それでいてこの場の全員に伝えるように、落ち着きはらって言った。
「ほかの場所に大事なもんがあるのに、それを諦めてここにいろとは言えない」
こうちゃんのする選択は、いつだって誰かの気持ちの先にあるね。
「俺たちが、トシの大事なもんを潰していいわけない」
それでも黒いパーカーの腕の部分はぐしょ濡れにしてしまったよ。
どうにも止められない涙を、わたしはもうこうちゃんに託すしかなかったの。
この瞬間、トシくんが抜けるというのは事実上の決定事項となった。
バンドを作ったこうちゃんに最終決定権があり、彼が承諾したからにはその判定はもう覆らないということ、ボーカルもドラマーもきっと理解していたから、それ以上はなにも言わなかった。



