「いま、予備校に通ってる」
トシくんが口にした駅前の予備校はレベルが高いと評判で、そこに入るためにテストを受けなければならないと耳にしたこともある。
たぶん、あまいたまごやきの存在がなかったら、きっとわたしは手放しで喜んでいたはずだよ。
すごい、さすがだね、がんばって、と応援していた。
ううん、たとえあまいたまごやきが結成されていたとしても、バンドをやめるつもりだと言われていなければ、そうしていただろうと思う。
「抜けてまで受験を優先したいと思う理由は?」
こうちゃんが静かに訊ねた。
トシくんは小さくうろたえ、答えを探すように視線を右往左往させると、なにかを決意したようにきゅっとくちびるを結んだ。
「真剣に、医者になろうと思うんだ」
想像もしていなかった言葉に、さすがのこうちゃんも目を見張る。
あまりにもふいうちな告白にぜんぜん頭がついていかない。
医者って?
トシくん、お医者さんになるのが夢だったの?
「ごめん。ずっと黙ってたことは、許してほしい」
トシくんはひとつずつを丁寧に、とりこぼしのないようにゆっくり、ぽつりぽつりとしゃべり始めた。
実家が代々続く病院だということ。
いずれはそれを継ぐという約束で、息抜きとしてベースを与えてもらったこと。
CDを出すのもこれきりだと、両親に偽っていること。



