「トシだった」
部屋に足を踏み入れながらこうちゃんは言った。
なぜだか妙にほっとして、じゃあスピーカーでよかったじゃん、と返そうと思ったところに、爆弾みたいな一言。
「バンドやめたいって」
顔面をグーパンで殴られたほうがまだよかったかもしれない。
女の子とひみつの電話をされていたほうが、きっとぜんぜんマシだった。
それでもこうちゃんは顔色を変えないで淡々と続けるの。
「これからアキんちで緊急会議してくる」
どうして、そんなふうに普通でいられるの?
なにがあってもべつに平気って顔をするの?
トシくんがバンドをやめたいと言っているんじゃないの?
なにかあるたび、いつもぴーぴー泣いてしまうのはわたしのほうで。
こうちゃんはそんな情けないわたしの隣で、いつも、いたってクールなままで。
幼いころからずっと、そういうこうちゃんに何度も勇気をもらってきたけど、いまはちょっとだけ違うような気がするよ。
「なんで季沙が泣くの」
我慢できずにぽろりぽろりと涙を落とすわたしの目尻を、少しかたい親指がそっとさわった。
「トシくんがいなくなったらやだ……」
「うん、俺もやだ」
じゃあなんでそんなふつうの顔をするわけ!



