「梨乃っ、……も、折れる」
「いいですか、聖夜さん。私は暴力は嫌いです。暴力では何も解決しませんもの」

 小田桐の腕を絞めながら、顔を寄せて梨乃さんは耳元で囁いた。赤い口元が妖艶に動き、こんな状況だというのに女の色香を感じる。

「おまっ、え、言ってる事とやってる事、ちがっ……、ぐぁっ!」
「私のは暴力ではありません、正義です。――もう、暴力はふるわないって誓えますか?」
「誓う! 誓うから早、く」

 やっとの事で梨乃さんのお許しが出た小田桐は、腕を解放された後もぐったりとしてソファーの背にもたれかかっていた。
 身体を起こし、小田桐を見下ろした梨乃さんの顔には先程見せた表情は一切無く、いつもの笑みが浮んでいた。

「あ、の……」

 恐る恐る梨乃さんに声をかけると、『はい? どうしました?』と平然な顔を向けられる。その美しい佇まいからは想像もつかないさっきの出来事に、私はついいらぬ事を口にしてしまった。

「梨乃さんと、小田桐の関係って……?」

 ‘恋人よ’って言われるかも知れないとわかっていながらも、事実が知りたくて仕方がない。ジャッ君の意味深な問いに対する誤解もここでいっそ解ければいいと思い、私は意を決して二人の関係を尋ねた。

「私? ――私は、聖夜さんの……ボディーガードですよ」
「へ?」

 ――ボディーガード??
 そんな答えが返ってくるとは思いもよりませんでした。
 確かに梨乃さんは強かった。だけど、元来ボディーガードって言うのは主を守るという責務があるのではなかろうか。今さっきのあれは、主を守ると言うより痛めつけてた様な気がするんですが……。
 ある時は日本語教師、ある時は料理上手なお手伝いさん、そしてまたある時はお目付け役という多種多様な顔を持つ梨乃さん。果たしてその実態とは、主が危険にさらされればその身を投じてでも守り通すボディーガード? あの、『えんだー!』のボディーガード?
 コンビニ店員としか表現する事の出来ない私に対し、色んな顔を併せ持つ梨乃さんに私は驚きを通り越してもはや尊敬に値するものがあった。