「……は?」
「テクニックが凄いんだと。狙った男(えもの)は逃がさないって言ってたし」

 ――立つ? 経つ? 辰? 断つ? タツ……

「……。――っ! たっ!? ばっ、……は、はぁっ!?」

 大して大きくない私の目は、この時一気に拡大していただろう。もうついでに瞳孔も開いていたかもしれない。
 小田桐の大胆な発言にうっかり日本語を忘れてしまい、餌を求める鯉の様に口をパクパクと開いては閉じてを繰り返していた。小田桐はそんな私が余程面白かったのかニヤリと黒い笑みを浮かべ、拘束していた手を緩めるとそのまま私の頬を覆った。

「と、言う訳だから。ちょっと試させろ」

 ――試させろ? せめて「試させてください」くらい言えんのか!? 
 って、違う! 私は試供品でもないし、実験レベルでこんなこと出来っこない! そもそも何で私がそんなくだらない実験に付き合わなければならないんだよ!

「や、ちょ、無理だって!」
「無理かどうかはやってみないとわからん」
「いやいやいやいや、そっちの方の“無理”じゃなくって!」

 今度は私が小田桐の手首を掴み、必死で顔から遠ざけようと力を込めたが、全くと言っていいほど動かなかった。
 仕方あるまい。これだけは言いたくはなかったけど、ここで言わなければ力で根負けしそうだ。

「あのっ、だからね、私はっ――」

 言いかけたとき、部屋の扉をノックする音で小田桐の力が一気に緩んだ。私はその隙を見て逃げだし、ベッドの下に転がり落ちた。

「聖夜(まさや)さん?」

 扉が閉まっていると言うのに、まるでそこで喋っているかの様な梨乃さんの声。ベッドの向こう側から顔を上げ、視線を扉に向けた時、思わず発狂しそうになった。

 ――あ、開いてるじゃん!? ほんの少しだけだけど扉開いちゃってるよ!?
 今までのやりとりを梨乃さんは耳を真っ赤にしながら聞いていたのだろうか。そう思うとぶわっと顔に熱が集まり、動悸、息切れ、眩暈その他モロモロの症状が一気に全身を襲った。

「なに」

 小田桐はチッと舌打ちをすると、大きな身体を起こした。

「いえ、バスルーム空いたからどうぞ、って言おうと思って。それと――」

 ――ああ! これってもしかしてジェラシーってやつですかね? 
 もしかしたら、梨乃さんは本気で小田桐の事が好きなのに、当の本人は馬鹿だからそれに気付かず堂々と女を連れ込んでご乱心なさりはじめたもんだから、それに耐え切れず……?

「なんだよ」
「人をダシにして盛り上がるのは勝手ですが、ちゃんと避妊はなさってくださいね。でないと後で色々面倒な事になりますので」

「!?」
「チッ――。言われなくとも、わかってる」

 梨乃さんはそう告げるとご丁寧に扉をキッチリと閉め、どうもその場から立ち去ってしまった様だった。