「お前、何でこれを持ってる」

 自分の服を慎吾さんの目の前に突き出し、小田桐が凄んだ。

「それは……服を汚したから、歩ちゃんが貸してくれたんだよ。あんたのだって知ってたら絶対着るもんか」

 それに怯む事無く慎吾さんも冷静に対応している。

「汚した? ――もしかしてお前、あん時芳野にゲロ撒かれた奴か?」
「ぐっ、……やっと気付いたのか。そうだよ、あん時歩ちゃんと一緒に居た男だよ」

 ここで、やっと慎吾さんとあの時のゲロまみれ星人が小田桐の頭の中で結びついた様だった。あの時の事を思い出したのか、小田桐は口の端をあげて半笑いになっていたが、そんな人を小馬鹿にした様な態度はすぐに急変した。上がっていた口の端がみるみる下がり始め、代わりに片方の眉がクッと上がる。

「お前、まさかあの後芳野の家に行った、――とか言うんじゃないだろうな?」

 わかりやすい小田桐の態度の変化に気付いた慎吾さんは、ここぞとばかりにそこを攻め始めた。

「そうだけど? 歩ちゃんが僕の服を洗ってくれるって言うから、僕はその間シャワーを浴びてたんだ。それが何か?」

 慎吾さんのそのまるであてつけているような言い方に寒気を覚える。そんな風に言っても小田桐には何の効果も無いと言うのに。

「――は? 何だお前、この俺がそんな話聞いて逆上するとでも思ったの?」

 ほら、やっぱり。逆に私が恥ずかしくて居たたまれなくなってきましたよ。ってか、この小学生レベルの詰り合いみたいなやりとりは一体いつまで続くのだろう。すっかり放置されてしまっている私は、ずっとこの二人のやりとりを顔を真っ赤にしながら見届けなければならないのだろうか。そうだとしたら、これはなんと言う羞恥プレイだ。

「いや? あんたが何で歩ちゃんの家に行ったのかって聞くから、僕は答えただけだけど? 何? 他に深い意味でもあったのかな?」
「……別に」

 急に真顔に戻り、小田桐はそっぽを向いた。両手をズボンのポケットに突っ込み、軽く舌打ちをしている。
 しばらく間をあけて、小田桐はもう一度慎吾さんに顔を向けた。その横顔には先ほどまでのいきり立った様子は一切なく、いつもの冷静な小田桐に戻っていた。

「あんた、あいつの何なの?」

 視線は慎吾さんから決して外さず、顎だけを私の方へクッと向ける。

「だから、僕は歩ちゃんの上司だと」
「それはさっき聞いた。だが、単なる仕事仲間の家でフツー風呂なんて入らんだろ」

 具体的に私との関係を聞きなおされた慎吾さんは、私の方を見ながらどう答えれば小田桐を打ちのめす事が出来るのかと考えているようだった。そうしてやっといい答えが浮んだのか、ハッとした顔をして小田桐を見上げた。

「僕は、歩ちゃんの兄だ!」
「はぁっ!?」

 ずっと黙って二人のやりとりを見守ってきたけど、流石にこの発言には無理があり私は思わず声を上げた。よりにもよって、私の兄とは慎吾さんは一体どうしてしまったのだろうか。
 小田桐は一旦私へと視線を移してから、すぐに慎吾さんを見下ろして一際冷静な声で言った。

「――こいつに兄貴は居ない」

 明らかに嘘だと思われる慎吾さんの言葉なのに、小田桐は真顔で返す。なんだかその言い方に別の意味が含まれている様な気がして、お腹の奥がぎゅっと締め付けられる感覚がした。

「いや、だから、……兄みたいなもんだってこと」

 苦し紛れに言ったとはいえすぐに覆す事が出来ないのか、慎吾さんは私の兄なのだと譲ろうとはしなかった。

「そんな家族ごっこ、こいつにはなんの意味もなさない」
「『ごっこ』って、 あんたは歩ちゃんの何を知っててそんなこと」
「俺は、……芳野のことならなんだって知っている」

 そう言って啖呵を切ると、視線を慎吾さんに残しながら私の方へと向かってきた。無言で小田桐の服が入った紙袋を私に差し出す小田桐に、私は思わず両手を引っ込める。

「そ、それあんたのなんでしょ? だったら小田桐が持って帰んなよ」
「また今度お前んち行くから、置いといて」
「は、はぁっ? 勝手に決めないでよ」
「――」

 私が受け取る様子が無い事を察した小田桐は差し出した紙袋を下ろすと、すぐ側にある店の裏口の方へと向かった。扉の横に置いているゴミ箱の蓋を開け、何の躊躇いも無く紙袋をその中へポイッと放り込んだ。

「なっ、何してんの!?」
「……もういらねーから」
「ばかっ! 人がせっかく七年間も保管してたっていうのに!」

 小田桐がゴミ箱の蓋を閉め、私は慌ててゴミ箱に駆け寄ろうとした。その時、

「――聖夜(まさや)さん? そこに居るんですか?」

 その艶やかな声にそこに居たみんなが一斉に振り返った。
 スリットが深く入った黒いタイトなスカートから伸びる綺麗な足。谷間が見えそうなほどに胸元があいたシャツ。長い黒髪をなびかせ、真っ赤な口紅をつけたフェロモン満開な美しい女性がこっちを見ていた。