「シオネ先輩、やっぱすげーきれい」
そして開口一番、彼は息を吐きながらそんな言葉を口にした。
「……へ?」
「いつもね、1年同士で話してたんすよ、シオネ先輩の泳ぎってめちゃくちゃ速いわけじゃないけど型がいいよなって。あんまりゆっくり見れる機会なかったけど、今日間近で見てやっぱりすげーきれいだなって思いました」
「きれい……かな」
「なんていうか、水にすごくよく馴染んでる感じ。俺が今まで見てきた中じゃいちばんきれいです」
自分の泳ぎがきれいだなんて。そんなの考えたこともなかった。
彼の言う通り、私にはあまりスピードがない。だから大会に出るときには長距離で登録している。それでもあまり良い成績を残せたことはないけれど。
私にとって、大会で結果を出すことにそれほど意味はない。
泳げるなら、水に触れられるなら、何でもいいのだ。
「先輩が飛び込むときなんか、一瞬足が尾びれに見えましたもん」
「尾びれ?」
「人魚の尾びれ」
人間に姿を変えていた人魚が、海へ飛び込んで本来の美しい姿に戻る瞬間。
それは、胸の渇きから解放されて、自由になれる瞬間。
誰とも口をきかずに、水とだけ戯れる。
そんな私はまるで人魚のようだった、と彼はまたキラキラ透明に笑う。
「もしかしたら、シオネ先輩の鱗かもしれませんね」
人魚なんて物語の中だけの存在。
でも、もし私が本当に人魚なら。
プールの底で輝いていたかけらが、本当に私の身体の一部だったとしたら。
水に焦がれるこの気持ちは、きっととても、自然なものなのかもしれない。