……なんてことを言ったら、この人はどんな顔をするのだろう。


「今日暑いっすね。汗が止まらねぇ」

「……うん」

「せっかくだし俺も泳いで行こっかな」

「え?」

スニーカーと靴下を脱ぎ、それらを手に持ってぺたぺたとプールサイドを歩き始めた彼に、今度は私がぽかんとしてしまう。
私の小さな疑問符に振り向いた彼は、いたずらっ子みたいに、にっと歯を出して楽しげに笑ってみせた。

「先輩、こっそり泳ぎに来たんでしょ? 俺そういうの好きですよ」




日差しの強い昼下がりのこと。

それは、ふたりだけの、小さな秘密。





各々プールに付属された更衣室で競泳水着に着替え、準備体操を済ませてシャワーを浴びる。
ゴーグルをつけながらプールサイドに戻ると、すでに身体慣らしに頭まで水に浸かっていた彼が、ざばあっとプールから顔を出したところだった。

「きーもちい! 今日水温ちょうどいい感じですよー」

「……そっか」

彼から少し離れた場所で足を水につけ、ゆっくり身体を沈めていく。ひんやりと心地よい感覚がじわりじわり全身に広がり、胸が高鳴る。


……ああ、私。ずっとずっと、


(ここへ帰ってきたかったみたい)



渇いていた身体が水に触れていく瞬間がいちばん好き。頭まで浸かって、目を閉じて、力を抜いて。しばらくじっと動かずに、無音の中で息を吐き続ける。

吐き出された息の分だけ、別の優しい何かが、肺を満たしていくような気がした。