「雅人くんはさ、優しいよね」

 突然言われて「うん」とだけ返事をした。

「うまく言えないけど、ほんっと優しいなあって。ほら私かわいいじゃない? それでいろんな人と付き合ってきたんだけどさー」

 うん、知ってる。そんな言葉を飲み込んで「うん」とまた同じ返事をしておいた。

 ちらりと彼女に視線を移すと、穏やかに微笑んでいた。

「雅人くんみたいに優しいひとは、いなかったなー」
「……町田さんは、なんで、雅人に告白したの?」

 穏やかに微笑む町田さんに向かって、ずっと気になっていたことを聞いてみた。まあ、想像は出来るけれど。

「かっこよかったから」

 やっぱり、そうなんだ。それだけ。やっぱり雅人のことをなにもわかっていない。
 なんで、雅人はこんな子と付きあったんだろうって、今心の底から思う。

「とりあえず、町田さんは自分の体に帰りなよ。戻れなくても、わたしのそばにいたって仕方ないんだから」
「そう、だけど……」

 頬を膨らませて俯く町田さんを無視するように手を動かした。

 さすがにこれ以上一緒に過ごすのは避けたい。町田さんとは本当に気が合わないんだと思う。お互いのためにも別れた方がいい。

「ちょっと、なにしてんのよ」

 無言で食材をカットしていると、不機嫌な声が聞こえてきて顔を上げる。背後の町田さんが腕を組んでわたしを見つめていた。

「自分でドア開けられないから、開けてくれなきゃ困るんだけど」
「え、帰るの?」
「美輝ちゃんが言ったんでしょ。私だっていつまでもここにいるつもりなんかなかったし。早く開けてよ」

 そんなふんぞり返って今更言うこと?

 ついさっきまで全く帰る様子はなかったじゃない。まあ、帰ってくれるならいいけれど。

 こんなことで町田さんと言い争うのも面倒なので、息を吐き出しながら手を止めて玄関に向かった。鍵を開けてドアを押し開ける。

「はい」

 彼女が通れるように道を作った。

 町田さんはちろりとわたしを見やってから、通り過ぎていく。そのまま振り返ることもなく、廊下を歩いて去っていった。

 せめて、なにか挨拶とかないのだろうか。

 仲良くはできなかったけれど、半日わたしの家で過ごしたのだ。お礼のひとつやふたつ。

 ただ、わたしは彼女に大したことしてないし(できないというのもある)、町田さんにとっても心地良い時間ではなかっただろう。

 ドアをバタンと閉めて、再び鍵をかけた。