慌ただしく店内をあとにして、目の前の大通りで足を止めた。どうやって行けば一番速いだろう。電車か、バスか。戸惑うわたしに反して賢は、すぐに通りすぎようとしたタクシーを手を上げて止める。

「乗れ」

 空いたドアにすぐに雅人を押し込んで、次にわたしを入れる。最後に乗り込んできた賢は「病院、急いで」とタクシーの運転手さんに告げた。

 高校生のわたしたちを見て、運転手さんは少し怪訝な顔をしたけれど、病院の名前になにも言わずに車を飛ばしてくれた。急いでいることはわたしたちの顔を見て分かってくれたのだろう。

 隣の雅人の手が、ズボンを握りしめている。微かに震えるその手を、そっと包み込むように握ったけれど、なんの反応もなかった。ただ、うるさいほどの心拍音だけが、聞こえてくるような気がした。

 反対側にいる賢は無表情で前だけを見ていた。

 その先にある景色がびゅんびゅんと通り過ぎていく。現実味がなく、時間が通り過ぎていく中でわたしたちだけが取り残されているようなそんな気持ちになった。
 


 十五分ほどで車が止まり、目の前には病院があった。

 エントランスの目の前でドアが開いて、雅人に先に行くように賢が背を押した。

 握っていたはずの手が、離れる。離される。

 わたしのほうを見ることもなく声をかけることもなく、ただ前に向かって走りだす雅人の後ろ姿は、あの日のお母さんの後ろ姿と重なった。お母さんに手を握られて、この病院に駆け込んだ、三年前。わたしを引きずるように、前だけを見て突き進むお母さんを必死に追いかけた。

 お父さんの、亡くなった日。

「大丈夫か?」

 賢がわたしの肩にぽんっと手を乗せてきて、体が大げさなほど跳ね上がった。顔を上げると、今度は疑問形ではなく「大丈夫だから」と言った。なにに対して大丈夫なのかはわからない。でも、そう言ってもらえて、ちょっとだけ胸が軽くなった。

「行くか」と、わたしの前を歩き出した賢の背中を見て、深く深く息を吸い込んだ。

 わたしが狼狽えてどうするんだ、と自分を叱咤する。まだ、なにもわからないこの状況で、一番不安なのは雅人だ。わたしは、しっかりしなくちゃ。

 立ち止まったままのわたしに、賢が振り返って待ってくれた。

 賢はこんなときも、わたしを気にしてくれる。周りのことをよく見てくれているんだと、今あらためて思う。誰より早く行動し、みんなを引っ張り、そして背中を押してくれる。なにも言わずに隣にいてくれる。

 賢がいてくれなかったら、わたしはまだオロオロとしているだけだったかもしれない。タクシーに乗ることなんて思いつかなかったし、あんなふうに俊敏に動くことも判断をすることもできなかっただろう。自分の不甲斐なさを感じつつも、賢がいてくれて、本当によかった、と心から思う。

「ありがと」

 ぽつりと言葉を吐き出すと、賢はなにも言わずに優しく微笑んだ。