かおりは少しうつむきながら私に言う。

「アキラは記憶喪失で、ラベンダー荘のうわさを聞いた両親に連れてこられたの」

 信也は流し台のほうへ向きなおって、食器を再び洗い始める。

「まっ。アキラは音楽だけには興味示すから、いいお土産だったんじゃない?でも、アキラにはオルゴールなんてちょっと乙女チックすぎる気もするけど」

 信也はできるだけ明るい声で言った。

「音楽はバカにできないぞ」

 康孝は、思案げに腕を組む。

「聞いたことないか?植物に音楽を聞かせて、収穫率を上げたりする話」

「クラシックを聞かせるといいって聞くけど?なにか関係あるの?」

 かおりの問いに康孝はうなずく。

「こんな実験があるんだ。切花を透明の花瓶に挿して水は取り替えずに、音楽を何日も聞かせ続ける。そうすると、同じ条件で音楽を聞かせなかった花瓶の水は日に日に濁っていき花は枯れたが、聞かせたほうの花瓶の水は減ってはいるがまったく濁らなかった。結果、こうは考えられないか?」

 康孝は、きりっとした表情でみんなをみた。

「ある特定の周波数を聞かせると、植物の危険察知能力が高まり、環境適応能力を最大限に使って生き抜こうとする。もし失くした記憶がアキラの人生にどうしても必要なら、音楽を聞くことによって思い出すんじゃないだろうか」

「まさかぁ。だってそもそもアキラは植物じゃないし」

 かおりは笑いながら言うが、康孝はいたってまじめな様子で続ける。

「植物は、ない耳で音楽を聞く。もしかしたら、人にもそれができるかもしれない」