「追わないでやって」

 康孝はラベンダー荘に入っていった信也の背を見送ってから、作業途中の朝顔を一つ掴んで、ラティスの前にしゃがみこむ。

「優子さんは、信也がここにいる理由聞いた?」

「いいえ」

「言ってないのか。まあ、本人にとって一番大きな問題ほど、他人には言えないもんだからな。あいつはね―――」

 康孝の作業を手伝いながら、私は言葉に耳を傾ける。

「―――もう会えない恋人の言葉をもう一度聞きたいんだ。」

 康孝は大事そうに言葉をつむいでいく。

「事故にあったとき彼も傍にいてね、最後に彼女が彼に言った言葉が、まったく聞き取れなかったらしい。」

 風がサラサラと、ラベンダー荘の芝生を吹きぬけていく。

 いつのまに昼寝から目覚めたのか、アキラはぼぅとしたまま、ベンチに座って康孝を見ていた。

 私は最後の朝顔をラティスにまきつけながら言う。

「私は、まだ『ラベンダー荘』の謎にどんな力があるのか、まだぜんぜん分からないけど、そんな、亡くなった人の言葉なんて、もう絶対に分からないじゃ…」

「優子さん、しっかりと目を開いてラベンダー荘を見なきゃ。ここに謎なんてものはない。それに、信也が失ったものは命であっても、見つけたいものは彼女の言葉ではないんじゃないかな?」

 康孝はベンチに座ったままのアキラを見つめる。

「アキラ、そんな不安そうな顔するな。大丈夫だ。あいつなら、絶対にここでそれを見つけられるよ。」

 康孝は確信に満ちた目で私を見つめた。

「優子さんも、もう一つ目を見つけただろ?」