キスから始まる方程式



数日前、翔から再度告白されたあの日。



翔に抱きしめられ、優しい言葉と温もりに流されるまま、私は翔の気持ちに応えようとしていた。



けれど……。


その返事を伝えようと翔から体を離した瞬間、桐生君から貰った誕生日プレゼントのネックレスが、まるで私に問いかけるように胸元でシャラリと揺れたのだった。



桐生君のことが好きなのに、翔と付き合って本当にいいの?



我に返ったと同時に、真っ先に私の頭の中に浮かんだその言葉。


現実逃避をして楽なほうを選ぼうとしていた私が、気付かぬふりをして必死に心の奥底に仕舞い込んでいたものだった。



そうやって翔の優しさに甘えて、辛いことから逃げようとして……。


確かに、多少はそれで気持ちは紛れるかもしれない。


けれどやっぱりそれは、あくまでもその場しのぎの一時的なもので。


私が桐生君を好きな以上、その先に待っているのは、どう考えても翔を傷付けるだけの不毛な未来でしかないのに。



そんなのちょっと考えれば、誰にでも容易に想像できる。


想像できる……? 否、想像しなくちゃいけなかったのに……。



あんなに麻優のように他人を大切にできる人間になりたいなどと言っておきながら、結局のところ私は、自分が一番かわいいのだ。


傷付くのがイヤで、周囲に甘えてそうしてどんどん他人を傷つけて。



翔が南條さんと付き合っていた時もそうだ。


本当の気持ちを言えなかった自分が悪いのに、きちんとそのことに向き合おうともせず、あろうことか好きでもない男の子達とまるで当て付けのように付き合っていたのだから。



そんな情けない自分に改めて気が付いた私は、私自身の成長のために、そしてなによりもこれ以上大切な幼なじみである翔を傷付けないために、すんでのところで翔からの申し出を断ったのだった。