「桐……生君……」
恐ろしく救いようのないタイミングの悪さに、言い訳の言葉ひとつさえ出てこない。
激しく傘に打ちつけられたたくさんの雨粒が、私と桐生君の間にまるで壁を作るように次々と流れ落ちてゆく。
「あの……っ」
どうしたらいいかわからなくて、おもわず言葉を飲み込む。
そんな私に桐生君の悲しげな視線が降り注いだ。
どうしよう……。せっかく桐生君が来てくれたのに、まさかこんなことになっちゃうなんて……。
一向に口を閉ざしたまま何も言ってくれない桐生君に、更に不安が募って行く。
わずか十数秒の沈黙が、今はその何倍も何十倍にも長く感じられた。
ギュッ
「っ!」
握りしめられた手首に強い力が加わったのを皮切りに、桐生君が私に背を向ける。
「行くぞ」
そしてそう一言だけ抑揚の無い低い声で呟くと、私の腕を引き強引に歩き出した。
あ……。
戸惑いバランスを崩しながらも、桐生君に引かれるまま私もゆっくりと歩き出す。
こんな、中途半端なまま……っ。
そう思って立ち止まりかけた時、背後から翔の凛とした声が冷たい雨の中に響き渡った。
「桐生! 七瀬を守れないお前に、七瀬は渡さないから」
まさに宣戦布告ともとれるその言葉に、桐生君の足がわずかに停止する。
しかし桐生君はそれに答えることも振り返ることもせず、何事もなかったかのように再び早足で歩き始めたのだった。

