キスから始まる方程式



「七瀬?」



その時不意に、傘の影から私の名を呼ぶ声が耳に届いた。



―― 来てくれた!



「桐生君っ、あの……」



逸る心を抑えながら、体をクルリと反転させ声の主に向き直る。



「あ……」



しかし私の目の前に立っていたのは、待ち焦がれていた桐生君ではなく幼なじみの翔だった。



「ごめん、私……っ」



人違いをしてしまったことに、恥ずかしさがこみ上げる。


同時に、もしかしたら私の顔に落胆の色が出てしまったのかもしれない。


翔は謝る私をやや複雑そうに見つめながら、苦笑まじりに呟いた。



「アイツのこと待ってんのか?」

「あ……うん」



それ以上会話が続かず、重苦しい沈黙が流れる。



「今日部活は?」

「あ、今日はもともと部活がない日だから……。翔は?」

「あぁ。俺んとこはこの雨で校庭も使えないから、今日は中止。まぁいい骨休みにもなるし、ラッキーってな」

「あはは、そっか」



翔が気を遣って話してくれているのがわかる。


昨日も散々迷惑をかけてしまったのに、それでも尚私のことを気遣ってくれる翔にツキンと心が痛んだ。