キスから始まる方程式



今私、工藤さんから名前呼ばれたよね?



突然のことに驚いて、目をパチパチさせながら慌てて工藤さんを仰ぎ見る。


そんな私の瞳に飛び込んで来たのは、先程の哀しそうな工藤さんではなく、満面の笑みを浮かべた可愛らしい工藤さんだった。



は……っ、しまった! 笑顔っ!



不意打ちをくらい間の抜けた顔をしている自分に気が付き、急いで私も笑顔を取り繕う。


もしかすると狼狽えすぎて、顔が不自然にひきつってしまったかもしれない。



「そんなに慌ててどうしたの?」

「あ……えっと、す、数学の教科書忘れちゃって」



明らかに上擦った声の私を特に気にするふうもなく「ふ~ん、そっか」と続ける工藤さん。



「なんだか最近すごく楽しそうだね」

「た、楽しいっ? いや、なんてゆ~かその……すごく充実した日々を送ってるとゆ~かなんとゆ~か……」



ニッコリと微笑みながら続けざまに質問を投げかけてくる。


単なる世間話にしては若干違和感がある気がするのだが、それは邪推し過ぎというものだろうか……。



再び「平常心……平常心……」と頭の中で唱えながら、逸る心臓を必死に抑え込み極力平静を装う私。



もしかして、私と少しでも仲良くなろうとしてくれてるのかな……?

だとしたら、ここはもっと私からも歩み寄らなきゃ!



彼女の変わらぬ笑顔と、かもし出される柔らかな空気からそう思った私は、今度はこちらからとばかりに口を開いた。