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「あ~っ! どうして私ってばこう、おっちょこちょいなのかな~っ」
ひとりブツブツとぼやきながら、学校の長い廊下を足早に教室へと向かう。
ケガをしてから早一週間。
先生の診立てどおり、捻挫した左足首は走っても何の支障もない程すっかり良くなっていた。
今日はこの後お母さんと一緒に病院へ行く予定なのだが、ドジな私は数学の教科書を机の中に忘れてきてしまったのである。
最近物が盗まれることもなくなったし、普段ならまぁいいやと特に気にも留めないのだが、残念ながら今回ばかりはそうも言ってられない。
明日の数学の授業で、問題を解く順番が回ってきそうなのである。
その日の日付をもとに出席番号で生徒を指名する先生、何も考えずにランダムで指名する先生など、先生によって生徒への当て方は様々だが、数学の沢尻先生の場合平等に生徒を指名したいらしく、座っている席に沿って問題を解く順番が回ってくる。
今日の数学の授業では私の三人前の席まで回ってきていたから、明日はその続きからスタートなのだ。
さすがに予習と復習無しで授業に臨むには、特別優秀とはいえない私の頭脳では少々ハードルが高すぎる。
そんなわけでお母さんと一度は校門のところで落ち合ったものの、教科書を持ちに再び放課後の教室へと引き返した次第である。
「やっと着いた~っ」
息を弾ませながら、ようやくのことで教室の入口へと辿り着く。
閉まっていた横開きの扉に手をかけた時、ふと小さなガラス窓からまだ残っていたらしき生徒の人影が見えた。
まだ誰か残ってたんだ。
帰宅部の生徒かな、と何気なく目を凝らして確認する。
するとそれは、帰宅部の生徒には確かに違いないのだが、思いも掛けない人物だった。

