いつもは無視されるのに、こんな時だけ目が合ってしまう。
夕凪の足がピタリ止まった。
その視線は、ずぶ濡れの私から、後ろに移動する。
上條君は私の背を抱きしめたまま、髪に顔を埋め、じっと動かない。
夕凪の切れ長の目が、大きく見開かれた。
教科書が、夕凪の手から滑り落ちた。
私は慌てて言った。
「夕凪、違うの!
これは…」
私の言葉で、上條君も夕凪の存在に気付く。
誤解されるから離れて欲しいのに、
彼は更に力を込めて、私を抱きしめる。
「貝原、俺、本気だから。
お前には負けない」
夕凪は何も言わなかった。
驚きの表情をスッと消し、無表情になる。
落とした教科書を、面倒臭そうに拾い上げ、
行ってしまった。
私の目は、また潤んでしまう。
夕凪に誤解されたかも知れない。
それもショックだけど、
上條君に抱きしめられても、少しも嫉妬してくれない夕凪に、
もうダメなのだと気付かされた。
暗い海の底に、沈められた気分だった。


