狭い店内は無人。
これはいつものこと。
「おばちゃーん!こんにちはー!」
暖簾の向こうに大声で呼び掛けると、
少し腰の曲がったお婆ちゃんが出てくる。
富倉のおばちゃんには、子供の頃からお世話になっている。
父も母も、子供時代からここに来ていたと言っていた。
おばちゃんは、眼鏡のツルを押し上げ私を見た。
「あれ、潮音ちゃんかい。久しぶりだねぇ。
今日は一人かい?高校の制服、似合っているでねぇの」
おばちゃんは、私が久しぶりに来たことを喜んでくれた。
ここに最近、来ていなかった。
あの雨の日に夕凪を待ち続けたのは、この店の前のベンチだ。
ここに来たら、あの夜の気持ちと、嫌いと言われた悲しみが押し寄せる気がして、
おばちゃんに悪いと思いながら、避けていた。


