エリンは少し表情を曇らせながら、話を続ける。


「私はここにいると迷惑なんですね・・・。
早く、いろんなことを思い出さなきゃ!」


「バカだな。ここを教えないのはお金や財産狙いの女性だけだ。
それとも、君も僕と結婚して財産を根こそぎ狙っているクチかい?」


ぶんぶん!
エリンははげしく左右に首をふって否定した。

「私はたぶんそうじゃないと・・・たぶん・・・。
思います。

私はまだ思い出せないけれど、労働したいんだと思うんです。
働くことが好きだから。
だから、紙と鉛筆で絵を描いて、お夕飯の手伝いもしたくなった気がするんです。」



「そうだね。
じゃ、夕飯を食べたらスケッチブックとか君の望む画材を探しに行こうか。」


「えっ・・・でもそんな、申し訳ないです。」



「それで記憶がもどればいいんじゃない?
何だったら道具代はすべて貸しにしておいてもいいよ。

これは僕の勘だけど、君はすぐに道具代を返済してくれる気がするんでね。」


「それなら・・・お願いします。」



夕飯の後、2人は町の画材屋まで出かけていった。


「ここなら大抵のものはそろってるらしいよ。」


「こんなプロ仕様なお店・・・すごい!」


「まぁ、海岸線とか景色がいいからね。
画家たちもけっこうやってくるみたいだからね。」


エリンはふだん遣いしやすい、スケッチブック2冊と鉛筆、水彩絵の具、筆、パレット等を購入した。


「なんか、学生にもどったみたい!」


「学生のときは美術部だったとか?」


「えっと・・・学生のときはチアリーダーに・・・あれ、そんな時代のことは思いだせる。」


「へぇ、チアリーダーか。
誰の応援してたんだ?」


「私は女子校だったから、かっこいい女性の応援ばかり。
ソフトボール、バレーボール、テニス、水泳とかね。
友達の誘いもあってチアリーダーに入ることになっちゃって、最初はすごくはずかしかったけれど、これでもけっこう運動神経はあるんですよ。

何だったら側転とかしてみせましょうか?」


「いいねぇ・・・いいんだけど、その格好でやると僕に下着姿が丸見えになっちゃうけど。」


「きゃっ!あっ。私なんてこと・・・いって。」


「ふはははは。言わなければよかったかな。
そうだね、家にもどって夜食の前に見せてくれるかな?

僕が料理をするから、君はTシャツと運動できるパンツでやってくれたらいい。
服も買って帰ろう。」



邸にもどってから、エリンは準備体操をしてクリーブが料理をしている横で、側転や逆立ちなどして見せた。

「すごいねぇ。本格的だ。
見せるための演技だね。
倒立からの連続演技ってけっこうあるんだね。」


「そうよ、この基本動作はふだんからのストレッチにも応用すればいい運動になるの。
やっておけば、疲れは残りにくいのよ。」


「僕もやらないといけないなぁ。
最近は年のせいか、固くなるばかりでダメなんだ。」


「クリーブっていくつなの?」


「32だよ。ごめん、けっこうおっさんで。」


「そんなことないよ、クリーブって見かけからしてもっと若いかと思ったくらい。」