思わず振り向くのと、車が玄関に横付けされるのと同時だった。

「聡美ちゃん、お待たせ。さ、乗りなさい」
「は、はい」

 なに食わぬ顔の晃さんがドアを開けてくれて、私は助手席に座り込んだ。
 そしてドアを閉めてくれる晃さんの顔を無言で見上げた。

「近藤君、ありがとうね。それじゃまた」
「はい、主任。聡美さん、どうぞお大事に」
「ありがとうございます」

 さり気ない、素知らぬ会話。
 でもその言葉の中に、特別なものが混じっている。その特別なものが、この胸をざわめかせている。
 車がゆっくり動き出して、見送ってくれる晃さんの姿が遠ざかっていくのを、私は首を曲げながらギリギリまで見続けていた。
 晃さん。晃さん……。

「軽い捻挫で良かったわね」
「はい」
「でも無理しちゃダメよ。あんまり歩き回らないでね」
「はい」

 ついに彼の姿が見えなくなって、姿勢を戻して栄子主任に相槌を打ちながらも、私の心は上の空だった。
 展示会場に戻り、座って仕事をしながらもやっぱり落ち着かなくて。
 純粋に仕事に集中できるようになるまで、かなり時間がかかってしまった。
 今日の展示会を終え、自宅に帰ってからも晃さんのことばかりが頭に浮かぶ。

 晃さんがどんどん特別な存在になっていく。
 というかもう、なってしまっている。
 自分で一歩を踏み出せた誇りと、そんな風に人を思える喜びと、付きまとう不安。
 初めての経験に心は戸惑い、動揺している。
 それでいながら、机の上に置いたスマホが振動するのを今か今かと待ち焦がれている。