そうして手早く掃除を終えたところで、売り場の主任が店舗に出て来た。
 もう五十代の女性だけれど、姿勢のよさに加えて制服の黒パンツスーツがカッコ良く似合ってて、とても若々しい。

「おはよう、聡美ちゃん。今日は勉強会でしょ? もう行っていいわよ」
「おはようございます。栄子(えいこ)主任」

 今日もまとめ髪がビシッと決まっている主任に挨拶をして、私も控え室へ向かった。
 そして壁際に立てかけてある姿見の前に立ち、メイクチェック。
 ファンデーション、塗りムラ無し。アイメイク、ケバさ無し。チーク位置、抜かりなし。唇、ツヤツヤ。
 よし、武装終了! 行くぞ!

 勉強会が開かれる会議室の扉を開けると、詩織ちゃんがイスに座って、鼻の頭にポンポンとお粉を叩き込んでいる。
 コンパクトを食い入るように覗き込む表情は真剣そのもので、こっちを見もしないで声を掛けてきた。

「聡美ちゃんお疲れー。早く座りなよー」

 うん疲れたよ。詩織ちゃんの仕事であるはずの拭き掃除までやったしね。
 心の中でつぶやきながらイスに腰掛けた私は、ちょっと嫌味を込めて話した。

「詩織ちゃん、熱心だね。可愛いんだからそんなにメイク頑張らなくてもいいのに」
「やだー、聡美ちゃんてば! あたしぜんぜん可愛くないじゃーん。もう、ぜーんぜんだよー」

 嘘つけ、そんなのぜんぜん思ってないでしようが。
 じゃあその、キラキラ輝く瞳と自信に満ちた笑顔はなんなのよ?

「あぁ、可愛く生まれたかったなー。なんでこんなブスに生まれてきちゃったかな」

 嘘つけ。そんなのぜんぜん思ってないでしょうが。

「だからさ、おブスなりに頑張って飾り立てなきゃダメだと思ってるのよ」

 嘘つけ。そんなのぜんぜん……(以下略)。

「それに私、メイク好きだし。聡美ちゃんもメイク好きなんでしょ?」

 コンパクトからチラリとこっちへ視線を移した詩織ちゃんは、意味ありげな目つきで言った。


「聞いたよ。『鉄仮面』。聡美ちゃんのニックネームなんだってね?」