「こ、この女……!」

「やめて和也!!」

 目の色を変えてあたしに手を伸ばそうとした男を、お嫁さんが大声で制止した。

「こんなあなたは見たくない!!」


 男は伸ばしかけた手をピタリと止めた。

 そして自分に向かって大声を出す婚約者を、驚いたような顔をして見ている。


「なに言ってるんだよ萌香。こいつが悪いんだろ?」

「私、今日はこれで失礼するわ」

「お、おいどういう意味だよ? エンゲージリングはどうするんだよ?」

「今日は買わない」

「買わないって、母さんだっているんだぞ?」

「お母様、申し訳ありませんが、私と和也さんの間に少々行き違いがあったようです。後日改めてご連絡致します」

「待てよ! お前はウチの嫁になるんだぞ!? その態度はなんだよ!」

「失礼致します」


 そう言ってお嫁さんは、唖然としているお母さんに向かって頭を下げた。

 彼女は栄子主任にも深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べる。


「お騒がせして大変申し訳ありませんでした」


 そしてあたしに向き直り、深く深く頭を下げた。


「お詫び申し上げます。申し訳ありませんでした。それと、本当にありがとうございます」


 顔を上げたお嫁さんは、今までのオドオドした態度とまるで違う、しっかりとした顔つきをしていた。

 そしてお嫁さんはもう一度お辞儀をして、背筋を伸ばし、踵を返して店のドアから出ていった。


「ま、待てよ萌香! そんな我儘は許さないからな!」

「あ、ちょっと和クン! 萌香さん!」


 その後を追って、親子がバタバタと店を出ていく。

 ポカンとしていた栄子主任が我に返り、「お、お客様お待ちください!」と大急ぎで後を追っていった。


 そしてお店は、まるで嵐の後の静けさ。

 今までの事が全部嘘のように、さっきの静寂とは違った静かな空気を取り戻した。