「聡美、ちょっといい?」
「はい。どうぞ」

 ドアが開いてお母さんが入ってきた。
 事件の直後は動揺していたお母さんだけど、すぐに立ち直って、今ではすっかり普通に私に接してくる。
 さすが女親は肝が据わってるわ。

「お母さんってさ、強いね」
「当たり前でしょ? だてに分娩台に二回も乗っていないわよ」

 その得意気な口調に、つい笑ってしまった。
 お母さんの動じない強さに助けられた部分も大いにある。
 逆にお父さんなんか、いまだにオロオロしてドアの向こうからこっちの様子を伺うばかり。
 でも、すごく心配してくれているのが伝わってきて嬉しかった。

「それで、何か用?」
「近藤さんって男の人がお見舞いにいらしたわよ」

――ドキン。

 凪いだ海のようにずっと静かだった心の表面が、不意に揺れた。
 さざ波がユラユラと奥の方から広がって、心を揺さぶってくる。
 そんな気持ちを見ないふりして、私はさり気なさを装った。

「ふうん。お見舞いって、お姉ちゃんの?」
「なに言ってるの。あんたのお見舞いよ。あんたに会いたいって」

――ドキン ドキン。

 さざ波がどんどん大きくなって息苦しい。
 波立って、押し寄せて、音を立て、掻き乱されて居たたまれなくなる。

「……会いたくない」
「そう言うだろうと思ってお断りしといたわよ。あちらさんもそれは予想してたみたいだけどね。これ、渡してほしいって」

 お母さんは右手を差し出し、手の中の物を見せた。

 それを見た私の心は、今度こそ誤魔化しきれないほど動揺する。
 母の手の中のものは、ブラッドストーンだった。