「晃さん、さようなら」

 私は身を翻し、彼とは反対方向へと向かって小走りに駆け出した。

「待てよ!」
「来ないで! 来たら大騒ぎして警察呼びます! 晃さんがストーカーだって嘘つきます!」

 私の後を追おうとしていた晃さんが、グッと詰まって立ち止まる。

「本当に今までありがとうございました! ごめんなさい!」

 最後に正面から晃さんを見て、思い切り頭を下へと振り下げた。
 そして泣き顔を見られないよう、素早く踵を返して走り出す。
 駆け足で彼から離れていくにつれ、涙が雨のように私の頬を伝った。

 晃さんが私を好きだって言ってくれた。
 この喜び。この痛み。対極の感情が激しく混じり合って心を苦しめる。
 私が晃さんに恋してることをちゃんと分かってくれていたのだから、もうそれだけで満足しなければ。これ以上の贅沢なんて望まない。

 深い悲しみを振り切るように、息が切れる限界まで私は走り続けた。
 胸から心臓が飛び出そうになるほど走って走って、もう動けなくなってしまった。
 振り返っても晃さんが追ってくる気配はなさそうで、少し息を整えてから歩き始めた。

 いくらでも涙が出てくるし、なんなら大人げなくしゃくり上げるほど泣いている。
 濡れた頬が気持ち悪いくて、どこか明るい場所でしっかりメイクを直したいと思った。
 フラフラしながら表通りに向かっていると、前方に見覚えのある背中が見えて、私の足が地面に縫われたようにピタリと立ち止まる。

 ……お姉ちゃんだ。

 たとえ夜道であろうと距離があろうと、薄闇の中に浮かび上がる大輪の花のように美しいあの後ろ姿を見間違えるはずもない。
 よりにもよって、今? なぜこのタイミングで遭遇するの?
 私ってどこまで運がないんだろう。
 本当に、なにもかもすべてを姉に持っていかれてしまったんだ。