「なんにも知らないくせに!」
「知らないよ。だってキミはなにも答えてくれないから」

 興奮する私とは真逆に、彼の声はあくまでも静かだった。

「キミも知らないだろ? 俺がキミと知り合ってからどんなにバカみたいに浮かれたり、どんなに情けなく落ち込んだりしたか」

 落ち込んだ?
 いつも爽やかな笑顔で、仕事をしっかりとこなして、冷静で、私を励まして支えてくれた晃さんが?

「キミの知らない俺を、知りたいと思ってくれないのか?」

 知りたい。そんなの知りたいに決まっている。
 でもそれは同時に、本当の私を知られてしまうことにもなる。
 その震えるほどの恐ろしさを思い、目尻の涙が一粒落ちた。

 ……やっぱりだめだ。これ以上は無理。
 仮面が崩れて暴露されてしまう。
 この恋が叶わなくてもいい。偽物の私がそんな無謀なことは望まない。
 晃さんが本当に望む相手は、本当に彼に相応しいのは、本物だけなんだってちゃんと分かっているから。
 だからどうか、救いようのない惨めな結末に終わることだけは勘弁してほしい。
 なにもかもを姉に持っていかれてしまった私の、せめてもの望みを許して!