天然ダイヤとイミテーション・ビューティー ～宝石王子とあたしの秘密～

　てっきりすぐにタクシーを拾って帰るかと思っていたのに。
　こんな事なら最後にもう一回、メイク直しをしたかった。
　路上で騒いでいるグループがいて、晃さんが私の肩を優しく抱き寄せ、そのグループから庇うような仕草をしてくれた。
　肩に回された彼の手と、物理的に狭まる距離に胸がときめく。

　私を守ろうとしてくれる心遣いがとても嬉しくて。
　でも、メイクを直していない顔に接近されるのがとても不安。
　この胸のドキドキが、喜びなのか恐怖なのか分からない。

　人通りが一瞬途切れて、ふたりきりになっても、晃さんは私の肩に回した腕を外そうとはしなかった。
　彼から漂う微かなアルコールの香りと、彼自身の香りが私の中に入り込み、心を酔わせ始める。
　この鼓動の熱さに思考が支配されていく。

　暗がりだからメイク崩れもさほど気にならなくて、知らず知らず、甘えるように彼の肩にもたれかかっていた。
　晃さんはそれに応えるように、優しくキュッと手に力を込める。

「聡美さん」

　甘い声で名を囁かれた。
　そして不意に彼の歩みが止まり、つられて私の足も止まる。
　正面から抱き寄せられ、私の片頬に彼の手が触れた。

　……え?

　と思ったときにはもう、彼の顔は真正面だった。
　顎を軽く持ち上げられ、真剣な熱を帯びた彼の目が近づいてくる。
　三十センチも無い至近距離に彼の顔があって、私の頭が真っ白になり、全身が硬直した。

　キス、される。
　真っ白な頭で、それだけは不思議にはっきりと理解できた。
　でもこんな時に、どんな反応をすればいいのか、まったくわからない。