「けどさ、なんで?」


ところが、すぐに阿部和馬の手から力が抜け、彼はそう言った。いかにも不思議そうに。

私は彼の胸から顔を離し、彼の顔を見上げた。


「何が?」

「なんでお前、俺なんか好きなの?」

「なんでって、好きだから好きなのよ」

「それじゃ答えになってないだろ?」

「ダメ?」

「ダメだね」

「もう、しょうがないなあ。あなたが素敵だからよ?」

「そ、そうか。それは嬉しいが、どの辺りかは聞かないでおくな?」

「なんでよ?」

「え? お前が気づいたら困るからさ」

「気づくって、何に?」

「ん……勘違いにさ」

「勘違い?」

「あー何でもない。今のは忘れてくれ。な?」

「変なの!」


何だかわからないけど、阿部和馬の笑顔が素敵すぎて、私は再び彼の胸に顔を埋めた。けれども、


「私も聞きたい!」


私はすぐに顔を離し、再び阿部和馬を見上げた。


「何をだ?」

「なんで私なんか好きになったのよ? こんな色気のない男女(おとこおんな)なんかに……」

「お前さ、自分でそういう事言うなよな?」

「だって、事実だもん」

「いや、そんな事ない。お前は十分色っぽいし、可愛いよ」

「へ? 冗談言わないでよ……」

「冗談なんかじゃねえよ。俺は本心で言ってるんだ」

「嘘!?」


阿部和馬の目を探るように見たけど、細いけど、澄んだ彼の目はまっすぐ私を見ていて、どうやら嘘ではなさそうだ。信じられない話だけども。


「あんた、それはか……」


“勘違いだよ?”と続く言葉を私は飲み込んだ。だって、彼がそれに気付いちゃったら困るから。


あ、そうか。阿部和馬が言った“勘違い”も、そういう意味だったのかもしれない。私のは、勘違いなんかじゃないのになあ。


「なんだ?」

「な、なんでもない。それより阿部和馬。シャワー浴びなよ。汗臭いから」


私は話を逸らす意味もあってそう言った。もちろん、それだけの意味ではないけども。


「そ、そうだな。そうするよ」

「ついでだから、私も一緒に浴びようかな」

「ま、マジか!?」

「冗談に決まってるでしょ? とっとと行って?」

「ちぇっ」

「バーカ」


阿部和馬は苦笑いを浮かべて行き、私も顔のニヤニヤがいつまでも収まらなかった。嬉し過ぎて。


どうか阿部和馬の勘違いが、いつまでも続きますように……