もちろん鈍感な恵梨がそんなことに気づく訳もなく、無邪気な笑顔で俺の元へと駆け寄ってきた。
「渓斗君、どうしたの?」
「ほら、夏休みだから、恵梨の顔見に来たんだよ」
暫くはこっちにいられるの?という恵梨の問いに俺は笑顔で頷いた。むしろこのまま、東京に住んでしまいたいくらいだ。
「沢森、誰」
──と、雰囲気をがらりと変えたのは、そいつの声だった。
それはこっちのセリフだ、と心の中で舌打ちする。
すぐに気づいた。こいつが、恵梨のことを泣かせた例の男だってこと。家が隣だって言ってたから、あの家がそうなんだろうな、と恵梨の家の隣へ目を向けた。
だけど、もしこいつが恵梨を泣かせた男と仮定すると、一つ疑問があった。
──なんでこいつ、こんなに俺に敵対心むき出しなんだ?
なんでそんな、好きな女取られるみたいな、苦しそうな顔してるんだよ。
恵梨のことは遊びだったはずで、都合のいいおもちゃみたいに思ってたくせに。


