君の世界からわたしが消えても。


 イチより先に仕事が終わったわたしは宣言通り定時上がりで、もう少し時間がかかるというイチをロビーでひとり待っている。


 会議資料も無事に仕上がったし、少し上の空だったことは上司にはやっぱり注意されたけど、まあ今日もそれなりによくできたと思う。


 自分で自分を褒めてあげるのが、高校卒業時からのわたしの癖。


 待っている時間は暇だからと、スマホを開いてアプリで遊んでいれば20分くらいあっという間で、イチから『いまでる』とメッセージが届いた。


 ひらがなばっかりで、急いで文字を打って送信したことがわかるから、ちょっとだけ笑っちゃう。


 『りょーかい』と返事をすれば、すぐにロビーの扉が開いてイチはコートを片手に持ったまま走ってきた。


 そんなに急がなくてもいいのにって言おうとしたけど、めったに真顔を崩さないイチの表情が珍しく焦りで崩れているから、面白くてまた笑った。


 ……けれど、近付いてくるイチの表情がいつも以上に真剣なことに気付いて、ソファーに座って呑気に笑っていたわたしは急いで腰を持ち上げた。


「イチ、なにかあったの?」


 不安になって聞けば、イチはなにも言わずにわたしの手を引いて走り出す。


 雨はもう、降っていなかった。