君の世界からわたしが消えても。


 病院内に染みついた薬品の独特な匂いや、血圧計や体温計をのせたキャスター付きの荷台がカラカラと廊下を滑る音。


 擦れ違う看護師さんたちの切羽詰まったような顔に、早歩きでパタパタと音を立てる白いシューズ。


 どれもこれも、カナが目覚めてからの僅かな間に慣れてしまった。


 カナが眠っていた途方もなく長い時間の中、ここで感じた音や匂い、目に映る全てのものは不安要素でしかなかったのに……。


 暗闇からじわじわ這い上がるような恐怖に似たそれらが、カナをどこかに連れ去ってしまうんじゃないかって、そんな不安を駆り立てられたことが遠い昔のことのようだ。


 ここにある全てのものが、わたしには死神みたいに思えていた。


 だけど、カナは間違いなく生きているし、ちゃんとここにいる。


 わたしは、そのことにほっとしてる。


 今日もどこか、この病院の中でも失われる命はきっとあって、だけどそれがカナのものではないことに安心してるんだ。


 死神の足音がカナには無関係のものだと他人事のように考えてからは、わたしはそれらをすんなりと受け入れられるようになった。