葛城さんは春日さんと映画談義に没頭して、新作のアイデアを出しあっていながらに。時折息子と妻にちょくちょく会いに行く。息子をあやしながら優しく微笑むその姿は、かつての華やかさはないけど。今のほうが遥かに幸せなんだろう。


今まで葛城の息子というプレッシャーが常について回っていたけど。完全に縁を切って一般人となり、在宅でフリーランスの仕事を始めた。


最初は収入が安定しなかったみたいだけど、もともと強みだった映像関連のIT系の仕事を受けてからは徐々に受注が増えて、今は月40万ほどの稼ぎになるみたいだ。


未来さんも育児のために休暇を取っていて、アパート暮らしの質素な生活だけど。親子3人狭いながらも楽しい我が家を地でいってる。


いつ行っても温かくて素敵な空間で。ホッとできる貴重な癒しの時間だった。


坂上さんは最近幼稚園教諭だった娘さんが結婚し、既婚だった息子さんと相次いで孫が生まれてる。孫自慢するおばあちゃんと化した彼女の話に耳を傾けてると、やっぱり寂しさが胸に湧いてきた。


賑やかな中で、私はひとり。


だけど……




「桃花ちゃん、楽しんでる?」

「あ、はい。もちろんです」


富士美さんにワインを渡されると、グラスの脚を持ち色を見て香りを嗅いでから口に含む。


黄金という名前に相応しい綺麗な色。気品のある薫り。端麗な味わい。


「ピュリニー·モンラッシェ·レ·プュセルですね。ピュリニー·モンラッシェ村のプュセル畑の」

「正解! さすがに勉強してるわね」


にっこりと笑った富士美さんは、合格と言って下さった。


「たとえば日本料理だけを作るにしても、日本酒だけに精通してるようじゃダメ。貪欲にいろんなことを勉強し吸収して自分のものにする人がいいの」


だから、と富士美さんは笑む。


「胸を張ってヴァルヌスへ行きなさい、桃花。あなたを待ってる新しい世界があるから」