出版社を出て、取材先の大学の図書館に向かっていた。


「君も、いろんな過去を抱えてるみたいだな。」


「親がいない娘が生きていくって大変だってわかった?
こんなとき親が生きていたら・・・って思ったわ。

せめて兄弟でもいてくれたらって・・・。」



「そうだな。君はもっと守られていてもいいはずだった。
これは推測だけどさ、さっきの男の言ってたあいつの弟って俺みたいに成り行きで世話しただけなんだろ?」


「ちがうの・・・。
私の書いた小説を、学校で展示されてたのを見つけて世に発表してくれた。

そして、私においしいものを食べさせてくれて・・・私の生活がすごく助かって、自分は推理作家担当だからってお兄さんをよこしてくれて、ときどきデートに誘ってくれたの。」


「好きになったんだね。」



「ええ。生まれて初めて大人の男の人に魅かれて、お店に誘われるだけですごくうれしかった。
作品だって今よりは細々だったけれど、少しずつ売れてきたところだったわ。

でも、私は自分だけ空回りしてたの。
彼は付き合ってる女性が複数いて、私もそのひとりだったというだけ。

私が彼の家にいったときに、女性と裸で寝室にいて・・・私はあわてて出ていって・・・そのあとは覚えてないの。

だけど彼にはその先があって、寝ていた女性と車で運転中に事故で亡くなってしまったの。
理由はわからないけど、お兄さんがいうには、私を追ったからっていうんだけど・・・私はなんでそんなことになったのかぜんぜん・・・だって彼はいろんな女性と付き合っていたんだもの。」


「何でわかったんだ?その複数の女性っていうのは。」


「彼の手帳よ。デートのときにたまたま忘れたときがあって、見ちゃいけないって思ったんだけど見てしまったの。
たくさんの女性の名前が書いてあって、私も入ってた。

それで、私は・・・。」


「彼を忘れようとしてたわけだ。
なぁ・・・死んだ彼とは肉体関係にあったわけ?」


「ないわ。もしかしたら・・・もっと大人になったらあったかもしれないけど、食事したり、水族館に連れていってもらっただけ。」


「ふははははは。なるほど・・・お子様らしいな。」


「失礼ねっ。どうせ私はお子様ですよ。」


「いや、悪い、そういう意味じゃなくてさ。
さっきの編集者のやつを恐れる必要ぜんぜんないなって思ってさ。」


「どういうこと?」


「そんなお子様デートしてる君にあれだけのことをいう男だ。
彼はきっと君が自分の弟と関係してると思ってる。」


「ええっ!!そんな。
裁判でもそんなことないってわかってるはずじゃ・・・。」


「頭でわかっても見えてないものだよ。
彼は彼なりに君が好きだったんだろう。

言わない彼も、気付かない君も悪いんだろうが・・・きちんとした出会いがなければただの通りゆく人だっていうことがわかってないんだろうな。」


「通りゆく人?」


「そう。意識しなければ、近くを通っていくだけの他人と変わりゃしないんだよ。
俺だって、こうやって黙って仕事をしているだけならただの使用人だけど、こうすれば嫌でも意識するんじゃない?」


「えっ?」