口で言うのは簡単だが、生活してみると、家事をすべて自分でやるというのは小花にとっては大変なことだった。


朝は大学へ登校しなくてはならないし、学校がおわって食事の買い物をしてきて慣れない料理にとりかかる。

夜は幸鷹の仕事がけっこう忙しく、学校の課題をやってから執筆その他の仕事がある。

幸鷹が帰ってきたときには、小花は熟睡してしまっていることが多かった。



「私ってだめね。
旦那様がいつ帰ってきたのかもわからないなんて・・・。」


「仕事もあるし、学生だし、仕方のないことだよ。
学校を卒業すれば、時間もできるし、休日もばっちりあうからそれまでの辛抱だって。」


「そうかなぁ・・・今の生活じゃ、同居人以下な気がするわ。」


「俺が夫では不満かい?」



「そうじゃないけど・・・うれしいんだけど・・・私が私自身に嫌気がさしてるかも。」


「俺は不満はないよ。
そりゃ、ずっといっしょに居たいけど、こうやって何気なく話せるのがうれしいよ。

前は語ったはいいけど、振り向けば壁しかなかった・・・ってね。
さびしいと思ったよ。

それに、俺は帰ってくるのがすっごく楽しみなんだ。
今日は何を作ってるのかな?どういう努力をして、どんな失敗したのか?なんてね。」


「ひどぉ~い!こっちが一生懸命なのに、失敗談をききたいなんて!」


「あはははは、まぁそれは結果論だよ。
とにかく、小花と家のことで話ができるのがうれしいのさ。」


「そうなの?幸鷹さんが嫌なんじゃなかったら、私なりにがんばることにする・・・。」


「うん、小花は専業主婦じゃないし、職もあって学業もあるんだから無理しない程度でいいんだよ。」


「幸鷹さんがそういってくれるなら、うれしい。」




執筆をしばらく休んでいた間は、なんとか主婦業もある程度覚えることができて夜や休日に幸鷹と楽しんでいられた小花だったが、ある日、出版社から連絡を受けて出向くとびっくりするような企画を聞かされた。


「わ、私が・・・海外取材ですか?
で、どのくらいの期間ですか?
私、大学生だから、休学はできればしたくないんです。」


「そっかぁ・・・休学はしてもらわないと無理かなぁ。
半年はいったまま書いてもらうことになる。」


「そんなに・・・。」


「だがね、この仕事は君のような若い人だからできる仕事でもあるんだよ。
同行者にね、有名なニュースキャスターやカメラマン、レポーター、俳優たちもいる。
映像といっしょに本も出版する予定なんだ。

そのレポート文章の部分を君の思ったことを交えながら書き上げてほしいんだよ。
ベストセラー作家で学生でもある君だからできるいい仕事だと思う。

この仕事はじつは春日丘良斗くんでやろうとしていたんだがね、ちょっと彼はもう学生は卒業しちゃってるでしょ。
で、新鮮さの部分が欠けてしまうって君のところの山口くんが提案してくれたんだ。」


「えっ、山口さんが?」


「彼は君の第一秘書になってから日が浅いというのに、君の考え方とか文章のクセとかしっかりと前任者から引き継いでいるようだし、企画を練りなおしてみると、確かに君の方が適任者だということになってね。」


「そ、そうだったんですか・・・ちょっと、ちょっとだけ私に時間をください。2日後にはきちんとお返事するようにしますから。」


「ああ、いい返事を待ってるよ。」